中越大連合市

ある方からお手紙をいただき、標記のことを考えるにあたり、いろいろな方からお話を聞きました。

「長岡は戦うべきではなかった」。これは戊辰戦争の時の話です。もし長岡が賊軍になっていなければ、その位置、歴史からして新潟県都になっていたのではないか。そうであれば現在は、新潟市ではないく長岡市(仮称中越大連合市)が政令市になっていたかもしれない、と想像することができる、ということです。そこで、中越大連合市構想です。長岡が戦っていなければ、柏崎港を国際港湾、小千谷小粟田原内陸飛行場の再開港なども進められ、100万人都市も可能だったかもしれない、ということです。

いかがでしょうか。あながち荒唐無稽な話ではないと考えています。

歴史を研究したり、昭和や平成の大合併を経験してきた方々と話をしていると、今になっての考えとしては意義深いことではあるが、戊辰戦争の事実以降を踏まえたうえで考えると、現実味は薄いのではないかという方の方が多くいるように思いました。

平成の大合併で多くの自治体がまとまりました。今、その合併した自治体はどうなっているかを考えてみると、市の中心地はそれなりに栄えてきているところもありますが、合併して市街地から離れた地域はそれまでの自治体としての活動に比べ、衰退してきたように思うのです。多くの合併があった新潟県より、小さくても頑張っている自治体が多い長野県は一つ一つの自治体に活気があるように感じます。気のせいかもしれませんが。それはともかく、合併して市域を広げていくことがその地域の発展に直結するかといえばそうではないかもしれないと思うのです。しばらく前に「消滅可能性都市」という言葉により、多くの自治体が脅威を感じたと思います。だから合併しよう、という単純なことではありませんが、うまくいっていない自治体同士がくっついてもうまくいくはずがありません。そういう合併は陳情体質を増長させるだけで、自分たちで工夫して盛り上げていこうという気概に乏しくなっているのではないかと思ってしまいます。

後半は少しずれた話になってしまいましたが、地元の歴史を調べることにより現在の地元のよさの再発見や発展の方向性も見えてくるかもしれません。柏崎においても柏崎の歴史を調べるだけでなく、広く中越地区や新潟県の歴史を調べることによって、柏崎市の存在意義や柏崎の進むべき方向が見えてくるとも思います。戊辰戦争までといわずに、原発誘致の経緯や巻町との違いなどを調べることでも原発の在り方としての視点がいくつもあることが分かると思います。

今回の中越大連合市の構想は私にとって衝撃的で刺激的でした。勉強や活動の視点になりうることでした。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。


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